最近、友人たちがすごい数の展示をしています。しかし、これだけの量があると、どこにもアーカイブが残らず流れてしまうと思い、微力ながらブログとして、アーカイブすることにしました。批評やエッセイと呼べるようなテキストは書けませんが、感想のような形で少しずつコメントしていきたいと思います。

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【AAWs】山の砂の砂の山vol.1 三枝 愛

※展示内容についての記述に、一部間違いが含まれています。[★1]内容に間違いがありました。申し訳ありません。この件については、三枝さんからご容赦頂きましたので、以下に三枝愛さんのテキスト全文を引用します。
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AAW2016出展作品について
「千葉の山の砂を運んでつくった砂浜から運んでつくった砂の山のあるこの場所がほんとうの砂浜、昔々」
トンネルを掘ったときの土を埋め立てて出来たのは東海岸町と渚町というふたつの町でした。その際、自然の砂浜は土に埋まってしまいました。ふたたび人々の憩いの場をつくること、山と海に挟まれた熱海の防災対策としても砂浜が必要であるとの判断で、静岡県がつくった人工海水浴場が、千葉県君津市小糸産の山砂を船で運んでつくったという、熱海サンビーチです。わたしはその砂浜から、砂を土のう袋に詰めては運び、ほんとうの砂浜(渚町にある展示会場)に砂の山をつくりました。
かつて住む土地がなく、埋め立てによって町をふたつもつくったけれども、今では空き家だらけになって、AAWのようなイベントや、何かをはじめたい若者たちがよそからやってくる。それを拒むことなく受け入れ続けることによって、よくもわるくも町の景色が変わっている。
かつての砂浜はどんなだったか。埋め立てがなかったらあの会場もなく、作品もなかったかもしれない。けれどもそうであったとしたら、もう少し熱海という町のことをわたしは好きになれたかもしれなかった。そういうことを考えていました。

アタミアートウィーク(以下、AAW)とやらの地域アートに参加した藝大修士1年の三枝愛が勝手にサテライト展として自分で企画した展示。5年ほど前から始まったAAWだが、学生主催の地域アートにありがちなことが満載らしい。要するに、内部に問題が山積みで運営が安定していないため、作家への負担が多い割に、ぜんぜんキャリアにならないという悲劇的なイベントになっているそうである。今年の春、誘われて参加したという三枝も、どうやらもう参加したくないようなのだが、それでも、サテライト展示なんかしちゃうところが意味不明で面白い。

三枝は春の展示で、千葉から持ってきた砂を使って山を作った。今回の展示はそのアーカイブのようなものである。

熱海に行ったことがある方は分かると思うのだが、熱海には異常なまでに整備された海岸がある。温泉地のイメージが強いが、80年代には海水浴場としても賑わったらしき画像を三枝の資料で見た。この海岸は、熱海への新幹線を通すために作られたトンネルを掘削する際にでた「ゴミ」としての土で作られたそうだ。山を削った砂で、海岸に砂浜を作ったことになる。そう思うとなかなか素敵な海岸である。

三枝がその人工海岸が好きなのか嫌いなのか分からない。しかし、資料を置いていたくらいだから、この事実に何かしらの影響を受けたのだろう。三枝は展示スペースに海岸を作るために、千葉で砂を集めた。その土を土のう袋に入れて会場まで運ぶ。そして、漉し器でさらさらと砂を撒く。メインの作品は、その様子を撮影した約2分の映像だ。

奥の部屋には、懐かしき、真っ赤なラジカセが置かれてあり、自分でテープを差し込んで音声を聞く。わたしも高校生くらいまではラジカセを使っていた気がする。でも、久しぶりにそれを前にすると、カセットの出し入れすらできなかった。停止ボタンを押せば、ガチャっと口が開くのだが。さて、そのテープには、朴訥に語る三枝の声が録音されている。どうやら一発どりらしく、たどたどしく三枝が言葉を紡ぐ。これを聞きながら、わたしは昨今、ほとんどのデバイスに搭載されている音声入力の感覚になった。GoogleやMacの音声入力をたまに試してみるのだが、対談やトークなどと違って、非常に正しい文法で話さなければならないような、不思議なプレッシャーを感じてしまう。誰に話すでもなく、文法に向かって話すかのような感覚なのだ。TOEFLやTOEICのスピーキングテストを想像して頂ければよいかもしれない。それは、口述筆記の辿々しさにも似ている気がする。だから、なんとなく、豊川悦司が演じる太宰治を思い出してしまった。[★2]TBSオンデマンド『太宰治物語』

他にも書けることはありそうなのだが、長くなるのでやめる。三枝については、また書く機会があるという確信があるので。最後に、よく分からないだろうが、メモとして書いたものをそのまま掲載しておく。

軽々しい真剣さ
口述筆記
音声入力の辿辿しさ
必然的に生じる曖昧さ、偶然性、
それを引き受ける身体(からだ)空だ
三枝が見せる母性的微笑みは無垢な子どものそれ
と、あれ
どれ?

これ、と差し出された見当違いの贈り物
わたしからの返礼はなに?
それもきっと見当違い
すれ違いを継続しろ
その間隙に、空だを、入れて
空気抵抗の「ほつれ」に沈め

深呼吸、浅呼吸、
ヨーガのポーズで


ダイスケ・冨安由真二人展「RAW ⇔ AGING (消耗と肖像)」

会場: Space Wunderkammer
会期: 2016/6/17 (金) – 2016/7/3 (日)
http://spacewunderkammer.com/jp

ダイスケはじゃぽにかのメンバー鈴木大輔、冨安由真は東京藝大の博士3年。二人の住居での展示である。

さすがに、住んでいるだけあって、これまで同じ場所で見た展示の中でもっとも上手く場所が使えていた。さすがに手練手管という感じ。実はこの二人、なかなかのエリートで、二人ともロンドンのチェルシーカレッジの卒業生。英語がどれだけできるのかとか、イギリスのアート界にどれだけ詳しいのかとか、全然知らないけど、とにかくアートワークを作るのが上手い。

冨安は石を集めたり、藝大の床に魔法陣を描いたり、パワーストーンみたな鉱石を集めてみたり、人物不明の肖像写真を集めてみたりと、とにかくオカルト臭しかしない。その割には、コンセプトを聞くと天然で、ぼくは警戒していた。(今でも警戒してる。)しかし、気の抜けた調子で、100均の素材を使ったダイスケの即興作品が加わると、雰囲気が全く変わる。オカルト的な精神面ばかりが強調されて見えた冨安の作品の色が見えてくる。いわば、冨安作品のフォームが強調されるのだ。そして、一方のダイスケのフォームだけしかない中身すっからかんの作品群が、崇高に見えてくる。この組み合わせが、畳を取っ払っただけだけの、古い日本家屋と奇妙なマッチングを見せる。

こう言えばようだろう。本来お化けとして存在しているはずのまっくろクロスケの気配、しかし可愛らしいまっくろクロスケの眼とわたしの眼が合ったとき、わたしたちは叫ぶ。まっくろクロスケ出ておいで!

引越し先の家。わたしが、その場を受け入れるのではない。その場が、わたしを受け入れてくれるまで、待つのだ。


Who By Art vol.5

■出展作家
岩岡純子 / 小山真徳 / サエボーグ / Joyeux Ponopono / 新保裕希 / 菅本智 / chiki / 萩原亮 / Riyo / 山本麻璃絵 + 姫野亜也 (50音順)
■期間:2016年6月21日(火)~7月3日(日)
■場所:西武渋谷店B館8階美術画廊&アートショップ

出展者に知り合いも多い展覧会。企画者の佃義徳さんは、初めて販売されるというサエボーグさんの作品を推していたので、まずは真っ先にサエボーグさんの豚さんを見る。つい先日、アングライベント「デパートメントH」でサエボーグさんのお手伝いをしたので、間近で見た作品である。正直なところ、全く別物に見えた。わたしはラバーフェチではないが、ぼくですら感じたラバーの感覚。あの感覚が全くない。サエボーグ作品だけではなく、隣に陳列された宮川ひかるや刺青彫師たくの作品も同様だが、作品の角に付されたあの「価格ラベル」。古き好き百貨店。ああ、ここはアートを見る場ではないのだなと。そんな当然のことに直面して、くらぁ〜い気持ちになってしまった。

しかし、新たな発見もあった。サエボーグ作品はゴムでできている。そのため、必然的に汚れて黒ずむ。この黒ずみに人間の垢を見た。ラバーは垢として、わたしたちの身体に付着したり、剥がれ落ちたりするものなのだ。だとすれば、ラバーは「力太郎」としてある。あるいは、ラバーを着ること、あるいはラバーを脱ぐことはーーラバーを四六時中着ていると窒息して死んでしまうーー入浴の比喩として捉えられなければならない。この点が見えたことは収穫だった。[★3]

加えて、気を吐いたのは、岩岡純子である。宮川ひかるとの展示で初めて見た作家なのだが、西武百貨店という場所にマッチしたのは彼女だけだった。岩岡は女性誌でよく見るメイク分析を美人画を対象に行う。『麗子像』を切れ目すぎるので、もうちょっと淡い色のシャドーを入れましょう、といった具合に。(岩岡の分析はもっと上手いです。わたしが下手なので許してください。)

岩岡の作品は、そもそもが消費文化を対象にしている。美術作品を消費対象として読むということだ。もちろん、そこには現在の女性の消費活動、あるいは、消費される対象としての女性の顔やファッションも含まれる。これは、没落しつつある、百貨店文化、一時代を築いた懐かしきセゾン文化にぴったりだった。

加えて、新シリーズの名画の裸体に、鉛筆で水着?を描く作品も展示されていた。ただし、これはまだ未完成だと思う。この作品を見て、すぐに思い出したのは、牛窓芸術祭にも参加してもらったNam Hyojunの作品である。[★4]Nam HyoJun 「ミドルテンション」
繁栄する北朝鮮現代美術 -Nam HyoJun 個展
6年も前になるのか、、、NamはVogueのモデルにチマチョゴリを着せた。わたしはこの作品を見て、Namに惚れた。何よりも美しいのはNamの態度だ。それはVogueのモデルはもちろんのこと、チマチョゴリの民族性をも超える。圧倒的な位置を独り占めする力づくの魅力。しかし、Namについてはこれ以上、ここで書いても仕方あるまい。またNamと一緒に仕事をするに違いない。

namhyojun

hyojun-vogue

さて、Namの作品を知っているわたしは、岩岡の作品に物足りなさを感じてしまった。政治性が足りないと。しかし、岩岡がこの作品を制作するに至るエピソードは大変興味深かった。

あるとき、岩岡は上野の国立西洋美術館の前を通っていたそうである。そこには、誰だったか、とにかく超有名作家の裸婦が描かれた巨大なポスターが貼ってあった。ふと反対側の茂みにいる人影に気づく。ホームレスらしき彼は、その裸婦画を見ながら自慰をしていた。

誰もが気づいていながら言及しない、明らかな事実として、わたしは持論がある。宗教画を含めた裸婦画は「ズリネタ」だった。ディスプレイも印刷物もない時代に、美しい裸体を見る機会は教会をはじめとする公的な場所でしかなかったはずだ。そこに、あれほどに「美しい」裸体があれば、それを想像しながら恍惚としないわけがない。宗教的な恍惚は、快感とともにある。あまりに明らかなこの事実がなぜ確認されないのか分からない(いや、分かる)のだが、とにかく岩岡も同じ考えであることを知った。これは嬉しい共感だった。

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黒坂祐 個展〈ひとつのところにいる〉

■期間:6月16日~6月26日
■場所:space dike

初めてのブログ。こんなに長くなるとは思っていなかった。続けたいが息切れしそうである。無理なく続けられる方法を見つけなければ。

さて、最後。

藝大4年の黒坂祐。個展は初めてだろうか。池袋旧区役所で行われた『コラプスイブ』で初めて見た作家である。今回は、映像と写真。

黒坂の家に観葉植物があった。あまりに成長しすぎたために、幹を紐で支えていたらしい。ある日、黒坂が紐を解いてみると、自立できず、幹がだらんと垂れ下がった。この経験を元に、黒坂は植物を台車の乗せて運びながら、通りすがりの場所で、植物の「ポートレート」を撮影する。その様子を撮影した映像が3画面で流される。2階では、植物に関係するプランターや土などがインスタレーション?として配置されていた。

その場にいた彼にわたしは言った。黒坂くんは、植物を利用している。君は何を引き受けているのかが分からない。たぶん、この発言でわたしが感じた全てを表現できていると思う。だから、最後にまたメモをそのまま掲載してこの項を閉じたい。

観客に多くを託す態度
実際に、幾人かの女性客が長時間、黒坂の映像を見ていた
黒坂は観客に母乳を求める乳飲児だ
ならば、少なくとも、母が乳首を吸引される悦楽を、観客に享受させねばなるまい

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PS.
はやりのPeriscopeで、このブログとエッセイ「トトロ」について話しました。こちらもよろしければご覧ください。

References   [ + ]

1. 内容に間違いがありました。申し訳ありません。この件については、三枝さんからご容赦頂きましたので、以下に三枝愛さんのテキスト全文を引用します。
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AAW2016出展作品について
「千葉の山の砂を運んでつくった砂浜から運んでつくった砂の山のあるこの場所がほんとうの砂浜、昔々」
トンネルを掘ったときの土を埋め立てて出来たのは東海岸町と渚町というふたつの町でした。その際、自然の砂浜は土に埋まってしまいました。ふたたび人々の憩いの場をつくること、山と海に挟まれた熱海の防災対策としても砂浜が必要であるとの判断で、静岡県がつくった人工海水浴場が、千葉県君津市小糸産の山砂を船で運んでつくったという、熱海サンビーチです。わたしはその砂浜から、砂を土のう袋に詰めては運び、ほんとうの砂浜(渚町にある展示会場)に砂の山をつくりました。
かつて住む土地がなく、埋め立てによって町をふたつもつくったけれども、今では空き家だらけになって、AAWのようなイベントや、何かをはじめたい若者たちがよそからやってくる。それを拒むことなく受け入れ続けることによって、よくもわるくも町の景色が変わっている。
かつての砂浜はどんなだったか。埋め立てがなかったらあの会場もなく、作品もなかったかもしれない。けれどもそうであったとしたら、もう少し熱海という町のことをわたしは好きになれたかもしれなかった。そういうことを考えていました。
2. TBSオンデマンド『太宰治物語』
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4. Nam HyoJun 「ミドルテンション」
繁栄する北朝鮮現代美術 -Nam HyoJun 個展