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毒山凡太朗個展「SAKURA」LEE SAYA Gallery
2020年06月10日(水)- 07月05日(日)
https://leesaya.jp/exhibitions/sakura/

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そもそも、資本主義とナショナリズムは相性が良い。むしろ、資本主義とナショナリズムはともに助け合いながら、まるで姉妹のように成長してきたとすら言える。
ベネディクト・アンダーソンが『想像の共同体』でプリント・キャピタリズム(出版資本主義)という概念を提出したことはよく知られている。たとえば、出版・流通の始まったばかり新聞は、同じ文字を読み、同じ情報を共有する「国民国家」すなわちネーション・ステートの概念を──無意識に──共有させた。

人間の言語的多様性の宿命性、ここに資本主義と印刷技術が収斂することにより、新しい形の想像の共同体の可能性が創出された。これが、その基本的形態において、近代国民登場の舞台を準備した。これらの共同体の潜在的広がりは本来的に限られたものであり、しかも同時に、既存の政治的境界(全体としてはそれは王朝的拡張主義の高潮点を示すものであった)とは、きわめて偶然的な関係をもつにすぎなかった。(ベネディクト・アンダーソン著(白石さや、白石隆訳)『想像の共同体』1997年、NTT出版、p.86)[★1]

日本国内で考えてみると、たとえば、青森で生まれ一生を青森で暮らすAさんと、宮崎で生まれ一生を宮崎で暮らすBさんが知り合う可能性はかなり低い。しかし、AさんもBさんも自分が日本人だという認識では共通しており、同時に〈自分たち〉は同じ国民だという認識をほとんど無意識的に共有している。なぜなら、同じ日本語を話し、同じ情報に接していると彼らが「想像」しているからだ。これが「想像の共同体」、すなわち国民国家、ナショナリズムを生む舞台である。

したがって、現在、日本国内でナショナリズムが高揚していることは何ら不思議ではない。現代ほど、日本語の情報に触れる機会が多い時代はなかったからだ。誰もがスマートフォンから多くの文字情報と映像情報を得ているが、そのほとんどが母国語(日本語)だろう。そして、わたしたちが日々触れるスマートフォンに流れる日本語のタイムラインは、文字通りタイム=時間をも共有する国民意識を──またしても、無意識に──醸成する。

中世の時間に沿った同時性の観念にとって代わったのは、再びベンヤミンの言葉を借りるならば、「均質で空虚な時間」の観念であり、そこでは、同時性は、横断的で、時間軸と交叉し予兆とその成就ではなく、時間的偶然によって特徴付けられ、時計と暦によって計られるものとなった。(同前掲書 p.50)[★2]

そして、現在では、スマートフォンが時計と暦にとって代わり、時間的偶然性が必然として受け取られる。もはや、ナショナリズムは必然なのだ。

さて、アンダーソンは触れていないが、お土産もまたナショナリズムを高揚させる生産物だ。毒山はあいちトリエンナーレ2019に参加が決まってから、名古屋名物ういろうに関心をもった。《syncronyzed cherry blossom》は、ういろうで作られた桜の花びらである。毒山のステートメントによれば、ういろうは東京オリンピックに際して開通した新幹線の登場によって作られたそうだ。もともと、「ういろう」とは小麦粉と水を固めたもの、といった程度の意味しか持たない一般名詞で、地元の人が食していたその土地特有の食べ物ではない。毒山いわく、それは純粋な「概念」である。しかし、だからこそ、ういろうはあらゆるものを招き入れる受け皿になる。そして、東京オリンピックへの高揚感の中で、ういろうという受け皿に「名古屋名物」という内容物が投げ込まれた。

さらに、福島県出身の毒山はお土産としての木刀に注目した。《國之矛》は後に触れる《國之盾》へのオマージュ作品《令和之桜》と対をなす作品で、桜の生木と、桜の木から削り出された木刀である。みなさんの同級生にも、修学旅行先で、当地とはまったく無関係に思える木刀を購入する生徒が一人くらいはいたのではないだろうか。このお土産としての木刀は、毒山のテキストによれば、1897年頃、会津の彫刻職人が白木刀を後続に献上したところ、「白虎刀」として売ってはどうかと提案されたことがきっかけで販売されるようになったそうだ。周知の通り、戊辰戦争において、自軍の敗戦と勘違いし自害した若者たちが白虎隊だが、彼らは戦前には日本人の理想の一つとされた。つまり、マイルドヤンキー的なノリで木刀を購入することは、白虎隊が象徴するナショナリズムを空洞化させながら消費し続けることを意味するのだ。

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そして、わたしたちが毎日触れる貨幣にプリントされ、毎年春の飲み会の理由にするあの桜も同様だ。もっとも一般的に知られ、日本各地に植樹されている桜は染井吉野だが、この染井吉野は江戸時代末期に人工的に作られた桜らしい。他の桜よりも成長が早いことや接ぎ木が容易なことから普及していった。特に、戦間期には、日本が侵略した国の「ナショナリズム」を高めるために、各国で植樹され、現在でも多くの場所に残されている。

梅を愛した中国に対する敵対心も含まれていたのではないかと勝手に想像するのだが、梅に比べて、桜のなんと消費的なことか。時折訪れては満開の花を咲かせ、あっという間に散る。花を見上げることもなく、「花見」をするわたしたちが目にするのは、目下にある散った花びらばかりだ。消費された花びらの美しさよ。その、物足りなさよ。これを、もののあはれとでも呼ぼうものなら、各所からお叱りを受けるだろうか。もののあはれが散ることの美しさを祝いでいるのなら、わたしたちはまた桜が咲くことを求め続けている。もっと桜を、もっと咲け。もっと桜を、もっと散れ。もっと桜を、もっと消費を。

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そう、消費は飽くことがないのだ。國分功一郎はジャン・ボードリヤールの議論を参照しながら以下のように述べる。

浪費はどこかでストップするのだった。物の受け取りには限界があるから。しかし消費はそうではない。消費は止まらない。消費には限界がない。消費はけっして満足をもたらさない。
なぜか?
消費の対象がものではないからである。
人は消費するとき、物を受け取ったり、ものを吸収したりするのではない。人は物に付与された観念や意味を消費するのである。ボードリヤールは、消費とは「観念的な行為」であると言っている。消費されるためには、物は記号にならなければならない。記号にならなければ、物は消費されることがない。(國分功一郎『暇と退屈の倫理学』2011年、朝日出版社、pp. 145-6)[★3]

現在にあって、ナショナリズムもまた飽くことなく消費されて続けている。SNSで繰り広げられる闘争は、新たな局面に入った。ネーションステートを超えると思われていたWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)の夢は、たしかにグローバル化を実現した。ただし、グローバルに同型のナショナリズムを共有するという意味において。

アンダーソンが分析したプリント・ナショナリズムは、現在「スマート・ナショナリズム」へと変化している。もちろん、イケてるという意味の「スマート」ではない。「スマートフォン」によるナショナリズムという意味だ。「スマート・ナショナリズム」の時代にあって、そのスピードは加速する一方だ。コロナ・ウイルスの流行によって、あっという間に国境を封鎖して自らの自由を自らの手で市民が束縛したかと思えば、直後にBLACK LIVES MATTERを掲げて大集団でプロテストをすることを厭わないのは、想像を絶するほどスマートだ。常に流れ続ける時間とともに消費されるナショナリズムは留まるところを知らない。スマートフォンに触れた指が、気づかないうちに画面をスクロールする瞬間に情報は更新され、ナショナリズムが消費され、新たなナショナリズムがフラットな画面に照らし出される。そして、また消える。わたしたちの身体は、いまや必然的にナショナリズムを求め続けるよう設定されたデバイスなのだ。

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さて、本展のメインの作品が《令和之桜》である。この作品を見て多くの方が既視感を覚えたのではないだろうか。この日本画を描いた小早川秋聲(1885-1974)は戦前から京都を中心に活躍した日本画家である。そして、洋画を代表する藤田嗣治に対して、日本画を代表する「戦争画家」として多くの作品を残した。ところが、名声を極めた小早川の戦争画は陸軍によって受け取りを拒否されてしまう。それが、毒山が《令和之桜》でオマージュを捧げている《國之盾》である。

どうも、わたしは教科書でこの作品を見た覚えがあるのだが、あいまいだ。しかし、その可能性は十分にある。逆に言えば、《國之盾》以外の戦争画は、わたしが義務教育を受けた期間の教科書に掲載されていないことだけは確かだ。いわゆる「戦争画」(戦争記録画、聖戦美術画とも言われる)は終戦後GHQにアメリカに接収された。この作品が無期限貸与という形で日本の地に帰国したのは1970年である。それまで、戦争画の画像の入手すら困難で、さらに返還された際にひどく傷んでいたことと、制作の経緯によって展示が難しかったことから、多くの国民の目に触れることはなかった。いまでは、国立近代美術館で作品を入れ替えながら数点が常設されているが、これらの戦争画の経緯と無縁だったのが《國之盾》なのだ。幸か不幸か、受け取りを拒否されたために、戦後長らく戦争の悲惨さを象徴する絵画として多くの人に知られることとなった。

しかし、わたしたちが見ることのできる《國之盾》は戦中に描かれたものとは大きく異なる。戦後、この作品をカタログに掲載する際に、小早川は作品を大きく描き変えた。現状の作品を見てもはっきりと痕跡を見ることができるが、国旗を被された兵士の頭部には金色の光輪が指しており、背景は桜の花びらで埋め尽くされていたらしい。残念ながら、当初の作品画像は残されていないようだ。小早川が作品を大きく描きなおしたのは、《アッツ島玉砕》などで圧倒的な死の描写をしながら陸軍に作品を受け取られた藤田嗣治への劣等感や、戦争に関わったことへの反省があったのかもしれない。

さて、小早川は桜を消した。それは、散ること=消費することの否定だ。小早川は死を否定しない。むしろ、死を受け入れろと強制する。確かに、死はそこここにあったのだ。そこには、ナショナリズムも消費もない。ただ、浪費された死。食い尽くされた死がある。彼の作品が米軍の接収から逃れて国内に残されたのも象徴的だった。小早川の作品だけは、アメリカナイズされることを、グローバル化されることを、そして消費されることを拒否したのだ。それは、近代化への拒否ですらある。だから、小早川の作品を激賞することもできない。そもそも、彼は陸軍に自らの作品を否定されたことに悩み、苦しんでいたのだ。彼は明らかに、ナショナリズムの人だった。その小早川が、消費を否定したことは、ナショナリズムの新たな形を示してもいるだろう。そう、彼が提示したのは、消費なきナショナリズムだったのだ。だから、毒山は、画面いっぱいに再び桜を描いた。消費された桜を描いた。そして、死んだ軍人の身体を黒く塗りつぶした。

しかし、すでに書いたように、ナショナリズムなき消費も、消費なきナショナリズムもない。両者は姉妹関係にあるからだ。だから、毒山の試みは必ず失敗するだろう。したがって、またしても、わたしは、この言葉で、このテキストを締めくくらねばならない。

毒山凡太朗は失敗するだろう。しかし、芸術は失敗だ。大いなる失敗だけが、歴史に刻まれる。

(花房太一)

References

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